2024/07/19
- プレスリリース
AIで貧血を予測する ――機械・深層学習によるヘモグロビン値推定モデルの構築――
【発表のポイント】
◆ 撮影した眼瞼結膜写真を人工知能(AI)に学習させ、非侵襲的にヘモグロビン値を予測できる機械学習・深層学習モデルを構築しました。
◆ Grad-CAMという可視化手法を用いることで、深層学習モデルにおいて特に眼瞼結膜の下半分の領域に注目することが、高精度にヘモグロビン値を予測する上で重要であることを明らかにしました。
◆ さらに精度のよいモデルを構築することで臨床に応用できる可能性があります。スマートフォンで撮影した写真をもとにAIモデルを開発したことから、誰でもどこでも利用可能なアプリに応用できると考えられ、医療アクセスの乏しい地域や、鉄欠乏性貧血をきたしやすい小児・妊婦などでの簡便な貧血スクリーニングへの活用が期待されます。
【発表内容】
東京大学(所在地:東京都文京区、総長:藤井輝夫)大学院医学系研究科小児医学講座の加登翔太(医学博士課程)、加藤元博 教授らの研究グループは、エルピクセル株式会社(所在地:東京都千代田区、代表取締役:鎌田富久)の茶木慧太、髙木優介、河合宏紀との共同研究により、スマートフォンで撮影した眼瞼結膜写真からヘモグロビン値(血液の中に含まれるヘモグロビンの濃度)を予測する機械学習・深層学習モデル(注1)を構築しました(図1)。
貧血の診断には、血液検査によりヘモグロビン値の低下を確認する必要がありますが、眼瞼結膜(あっかんべーをした時に見えるまぶたの裏の粘膜)の赤みの程度を見ることで、貧血の有無を推測する身体診察法も以前より用いられてきました。しかしこの「あっかんべー」では、貧血がありそうかどうかをおおまかにしか判断できず、ヘモグロビン値がどのくらいかを正確に推定することはできないばかりか、その精度も高くありません。これまでも複数の先行研究で、機械学習を用いて眼瞼結膜の写真からヘモグロビン値を推定するモデルが開発されてきましたが、機械学習の中でも深層学習を用いた研究はほとんどありませんでした。また、深層学習アルゴリズムはブラックボックスで、ヘモグロビン値の推定においてどのような要素が重要であるかは明らかになっていませんでした。
本研究グループは、まず、東京大学医学部附属病院の小児科に通院中あるいは入院中の150名の患者さんについて、スマートフォンで撮影した眼瞼結膜写真と、同じ日に診療検査として行った血液検査の結果(ヘモグロビン値)を得ました。次に、このうちの90名の眼瞼結膜写真を用いて、撮影した写真から眼瞼結膜領域のみを自動的に抽出するアルゴリズムを構築しました。ここでは深層学習によるセグメンテーションモデル(注2)に上述の写真を学習させることで、高精度に眼瞼結膜の領域を抽出できました。
続いて、このセグメンテーションモデルを用い、150名全員の症例について眼瞼結膜の領域を抽出し、血液検査で測定したヘモグロビン値と合わせて機械学習モデルに学習させました。ここでは機械学習モデルとして非深層学習モデルと深層学習モデルを使用しました。非深層学習モデルでは、眼瞼結膜領域からさらに色の情報を抽出し、ヘモグロビン値を予測しました。深層学習モデルでは、抽出した眼瞼結膜領域をそのまま使用してヘモグロビン値を予測しました。この結果、非深層学習モデルよりも深層学習モデルの方が精度よくヘモグロビン値を予測できました(図2)。
相関係数が1に近いほど予測されたヘモグロビン値と実際のヘモグロビン値の相関関係が強いことを表しており、深層学習モデルのほうがより高精度にヘモグロビン値の予測ができているといえる。
最後に、深層学習モデルを用いたヘモグロビン値の予測において、眼瞼結膜領域のどの部分が特に重要なのかを調べるためにGrad-CAM(注3)を用いた可視化を行いました。この結果、貧血の実測値と予測値が近い症例では眼瞼結膜の下半分が特に注目されていた一方、実測値と予測値の乖離が大きい症例では眼瞼結膜の下半分以外に注目してしまっていることがわかりました(図3)。
本研究の結果から、深層学習モデルにおいて特に眼瞼結膜の下半分の領域に注目することが重要であることが世界で初めて明らかになったため、さらに精度のよい深層学習モデルを構築することにより、将来的には臨床実装に向けた技術の発展につながることが期待されます。特にスマートフォンで撮影した眼瞼結膜写真をもとにAIモデルを開発したことから、誰でも、どこでも、病院に行くことなく貧血の有無を推定できるスマートフォンのアプリケーションの開発に応用できる可能性があります。具体的には医療アクセスの乏しい中・低所得国や、鉄欠乏性貧血をきたしやすい小児・妊婦などでの簡便な貧血スクリーニングへ応用できると考えられます。
【研究グループ構成員】
東京大学
大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻 小児医学講座
加登 翔太 (医学博士課程)
兼:東京大学医学部附属病院 小児科 病院診療医
加藤 元博 教授
兼:東京大学医学部附属病院 小児科 科長
エルピクセル株式会社
研究開発本部
茶木 慧太
髙木 優介
河合 宏紀
サイエンスビジネス本部
西田 美和
【論文情報】
雑誌名:British Journal of Haematology
題 名:Machine/deep learning-assisted hemoglobin level prediction using palpebral conjunctival images
著者名:Shota Kato, Keita Chagi, Yusuke Takagi, Moe Hidaka, Shutaro Inoue, Masahiro Sekiguchi, Natsuho Adachi, Kaname Sato, Hiroki Kawai, Motohiro Kato*
(*:責任著者)
DOI:10.1111/bjh.19621
URL:https://doi.org/10.1111/bjh.19621
【研究助成】
本研究は、文部科学省科研費「挑戦的研究(萌芽)(研究番号:21K19462)」の支援により実施されました。
【用語解説】
(注1)機械学習、深層学習
人間が様々な経験をもとに事象の特徴やルールを学習するように、コンピューターにたくさんのデータを与えることでその特徴やルールを学習し、さらに自動で改善していくような人工知能の技術を機械学習と言います。さらに機械学習の中で、人間の神経細胞のような複雑で多層的なネットワークを模した手法を深層学習(ディープラーニング)と言います。
(注2)セグメンテーションモデル
画像の各ピクセルがどのクラスに属しているか分類することで、物体毎の領域を認識・抽出する画像解析技術。
(注3)Grad-CAM
勾配加重クラス活性化マッピング(gradient-weighted class activation mapping)の略で、深層学習を用いた画像解析モデルにおいて、画像のどの部分が重要であるかを解析・可視化する手法。
【問合せ先】
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻 小児医学講座
(東京大学医学部附属病院 小児科)
教授 加藤 元博(かとう もとひろ)
エルピクセル株式会社 サイエンスビジネス本部
西田 美和(にしだ みわ)
E-mail:sci-bd@lpixel.net
〈広報担当者連絡先〉
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井
Tel:03-5800-9188 E-mail:pr@adm.h.u-tokyo.ac.jp
エルピクセル株式会社 広報室
担当:大瀧
Tel:03-6259-1713 E-mail:pr@lpixel.net
【エルピクセル株式会社について】
エルピクセル株式会社は、ライフサイエンス領域の画像解析に強みを持ち、医療・製薬・農業分野において画像解析技術、とりわけ人工知能技術を応用することで、高精度のソフトウエアを開発してまいりました。医師の診断を支援するAI画像診断支援技術「EIRL(エイル)」、創薬に特化した画像解析AI「IMACEL(イマセル)」を軸に事業を展開しています。コーポレートサイト:https://lpixel.net/
公式ブログ(Note):https://note.com/lpixel/